Today's Dakiny March, 2005

 

Dakinyです。

昨日試験雇用したばかりのK君が無断欠勤。夕方4時になって、「体調不良で休ませてもらいます」のメール届く。出勤2日目の無断欠勤って、やる気があるなら信じられない。私の携帯電話番号も、メールアドレスも教えてあるので容赦なく返信で始末書の提出を命じる。

 


昨日、無断欠勤のK君が始末書を自宅に忘れきた。彼には始末書を忘れてきたこたことはたいしたことに思っていないらしいので、何がいけないのか説明して、すぐ取りに行かせる。

彼が、「9時出社だったら遅刻しないです」と言うので、今週、一度も遅刻しなかったら鍵を預けるので、遅刻しないようにしなさいと伝える。


昨日、あれだけ叱ったにもかかわらず、K君30分遅刻(汗)。あまりに彼がだらしないので、彼には部屋の鍵を渡さないことにした。

4日間の勤務で無断欠勤1日、遅刻2日って…。

 

IEでは表示されるが、Firefoxで表示されないと質問があったので、確認したらファイル名が日本語であった(汗)。

MS-DOSからコンピュータを始めた私には信じられないことだらけ…。

 

英語版の制作。テンプレートのCSS化完成。


本日よりスタッフのS君が復帰。彼はポテンシャルが高いので戻ってきてくれたことは私にとってすごくうれしい。

彼の使用していたG4はK君が使用しているので、長期休養中のM嬢の使用していたG4を彼女が復帰したら、新しいMacを購入することにして、データをHDごと待避させ、新規に購入した120GBのHDをフォーマットして使用することにした。内蔵HDの外付けユニット、120GBのHD、マウスを購入。かなりの出費を覚悟したら、日立IBMの120GBのHDが1万円以下になっていた(驚)。

 

翌朝までかかって、JIS規格対応サイトの英語版の大半を納める。


英語版残り2ページを納める。

Today's Music "LIVE AID "(2004/11/17)

LIVE AID1985年7月13日にロンドン・ウェンブリー・スタジアムとフィラデルフィアの2カ所で行われた伝説のコンサートを4枚のDVDに納めた、ライブVIDEOなのだが、私は「クイーンの演奏がすごいらしいぞ」という理由だけで購入(笑)。

事実、彼らの演奏はすごかった。出演したどのバンド(ジューダス・プリースト)よりもハードな演奏であった。惜しむらくはフレディーが映像の中心を占めて、ロジャーがほとんど撮されていなかったこと(苦笑)。

エチオピア難民救済に関心のない人でも、なんらなかの事情(ボブ・ゲルドフが嫌いとか…)で出演しなかったアーティストをのぞけば、1985年のミュージックシーンの主流の大半は納められているので、その時代の音楽を知るにはよいDVDであるとは思う。

それにしても、あれから20年近くの月日が流れたんだねぇ…。


JIS規格対応の某自治体サイトの追加ページを作成。


K君から「出勤したのですが鍵が開いてなく、部屋の灯りもついてません」と午前10時2分にメールが届く。S君が遅刻したのかなと思って会社に来てから彼のタイムカードを見れば9時57分。いったいどういうことかK君に問いただすと、9時50分に出社したものの、部屋が開いていなかったので、離れた場所でメールを出して、会社に戻ったら鍵は開いていたとのこと。

私は彼が考えたかが、社会人として逸脱しているような気がする。まず、我が社は10時までに出社すればよいので、9時50分時点で部屋が開いていてなくても不思議はない。普通なら部屋の前で待つか、10時少し前まで他所で時間をつぶすだろう。

 

JIS規格対応の某自治体サイトの追加ページを作成。


明日、組織内公開ということで、前日から泊まり込みでJIS規格対応サイトのコーディング作業を行い、昼に納品が完了。

午後から電話で数件、打ち合わせの後に、『Designing with Web Standards―XHTML+CSSを中心とした「Web標準」によるデザインの実践』を読む。Amazonで読者紹介に"訳に難アリ"と紹介されていたけど、内容はともかく翻訳ひどすぎ…(汗)。英文を翻訳ソフトで訳したような日本語になっている。日本語と英語では言い回しが異なるのだから、そのまま訳したって、おかしな日本語になるにきまってる(苦笑)。

 

今日のテーマは「翻訳って…」ということ

先日までJIS規格対応サイトの英語訳ページを作っていたのだが、翻訳ソフトや辞書を頼りにあてはめていく課程で、英訳レベルがすごく高いことに気づく。ネイティブスピーカーの方が翻訳しているだけでに、そのまま直訳ではなく、ちゃんと英語圏の文化や思考を理解して、はじめて日本に来た英語圏の方々にきちんとわかるよう文章を組み立てなおしている。

翻訳を依頼した通訳会社を営むN女史によれば、それが翻訳業であると…。翻訳とはただ言語を置き換えればよいというものではなく、異なる国々の文化によって理解できるよう文章を組み立て直す作業なのだそうだ。

その昔、夏目漱石は東京大学の講座で"I love You."を「月がとっても青いから…」と訳したそうだ。さすがに日本語の達人だけのことはある。久々にあまりに酷すぎる日本語に接して、日本語を知らなくても翻訳業が出来るのかと不思議に思った(苦笑)。


夕刻5時30分より、K競馬場の広報戦略会議に参加。今回は人数が7名であったので前回に比べずっと気楽だった。すぐ出来ること、お金がかからず効果が望めそうなプランが多く出て実り多い会議だった。

ところで私は本人の意思に関係なく参加させられているのだが、なんでもIT担当ということになっていて、六本木にも行くことになるかもしれない。


ダメもとで申し込んだ、S氏の取材が可能となる。やった!


残りを片づけ、明日の取材の準備をしていた(苦笑)。


柏木工ショールームにて関道介さん某サイトの取材で『生も死も―波瀾万丈 戦争の裏街道で戦った破天荒な男の物語』の著者である関道介さんを訪ねた。氏は高山市商工会議所名誉会頭であり、柏木工株式会社代表取締役会長他、多くの役職につく、飛騨の大物中の大物で実に多忙な方なので、「忙しい方ですから取材は困難でしょう」という情報は幾多の方から伺っていたのだが、締め切りも迫っていたので先週、悩むより行動とばかり、「著書を読んで、感動しました。是非お会いして直接お話を伺いたいんです」と電話口でストレートに思いを伝えると、「わかりました。14日の10時から2時間時間をとりましょう」と言っていただき、本日の取材にこぎつけた。

午前10時から2時間余りの長時間におよぶ取材は無事終了し、その後、お昼までごちそうしていだき、4時間余りの有意義な時間を過ごさせていただいた。関さんありがとうございます。

 

今日のテーマは「偉い人ほど恥を知れ」ということ

関道介さんは、幾多の役職につく偉い人なのだが、いっさいの虚飾がない。私には、役職なしの人間、関道介として同じ視線で接してくれた。世間で偉いと呼ばれる人でも、そんな人はほとんどいない。多くの方は役職という仮面をつけて上手から舞台に登場する。

それだけでなく、世間で偉いと呼ばれる多くの人と異なり、恥を知っている。関さんは、軍の恩給も紫綬褒章も断った。戦争で死んでいった人々、(戦勝国による)一方的な裁判で極刑にされた人々、獄中で死んだ人々たちの御霊に申し訳ないというのがその理由だ。生きて帰っただけで申し訳ないと思う関さんの真摯な姿勢の対極に、自らの失策で多くの将兵を無意味な突撃で死なせ、自ら命令した行為により多くの将兵をB戦犯で極刑にさせたにも関わらず、どのような手を使って極刑を逃れたのか知らないが生きのびてて、国から恩給をもらい、天皇陛下から勲章をもらい、おまけに著書まで書いて、盛大な葬式を行って立派な墓に埋葬された恥知らずの上級将校もいる。今の日本がダメなのは恥知らずの輩が母体を作り、今でも偉い人に恥知らずの輩が多いからなんだな。きっと。

関さんには、いつまでも元気でいてほしい。そして、恥知らずの輩に対してにらみをきかせていただきたいものだ。

 

Today's Move "ローレライ"(2005/03/05)

ローレライ 「平成ガメラシリーズ」の樋口真嗣監督が作り上げた潜水艦アクション映画。賛否両論分かれるけれど、下敷きになっているのは「海底軍艦」「沈黙の艦隊」「サブマリン707」であろうことは間違いなく、否定している人々の大半はリアリティに欠ける戦争映画として観ている。これがそもそもの大間違いで、第二次大戦終戦間際という時代を借りたおとぎ話として見るべきだ。おとぎ話であるから、主人公は何発撃たれても死なないし、やたら強くても、なんら問題はない(笑)。戦争映画ならが、水面下に原爆が潜っている状態で、潜る潜水艦を攻撃する馬鹿な司令官はいない(苦笑)。おとぎ話と映画として観ることが出来る方なら、すごく楽しい映画であるであろう。

役所広司、柳葉敏郎等の演技も(涙)をさそった。

それから、主役の伊号507かっこよかった。大砲がある潜水艦にリアリティがないという批評も読んだが、日本海軍の伊号シリーズのいくつかには14センチ砲がついてた。さらに、モデルとなったシュルクーフをごらんいただきだい。ちゃんと20センチ砲がついている。

とさんざん、ほめたうえで以下、批評を書かせてもらう。気に入らないのはCG部分や、演技ではなく、シナリオだ。一番気に入らないのは佐藤隆太演じる水兵の死に方!あれはいくらなんでもないだろう。涙を誘うというよりも、彼の行動はあまりに馬鹿でただの犬死。それから後日談は必要あったのだろうかと思う。歌声を残し、水面下に消える伊号507で終わらせたほうが、後味がよかったように思う。個人的には後日談は蛇足。

 

ところで、インターネットで調べると、「乗組員が、まったく当時の軍人には見えない」という批評が目につく。それが軍隊経験者の言葉であるなら許せもするが、批評者は軍隊を体験している世代ではないだろう。

一度彼らに、当時の軍隊にいた人々に話を聞けと言いたい。私の父は終戦当時下士官であった。叔父二人は将校で南方戦線にいた。また今日取材をした方は、南方戦線で特務任務についていた。彼らの口から語る軍人は(批評家がリアルであると言う)戦争映画に出で来る軍人よりも、もっと人間らしい。そして大半は赤紙で徴収され仕方なく戦っていたのだ。泣きもするし、笑いもする。

役所広司の演じた絹見少佐が「一人も死なせない」といった言葉は、多くの心ある将校や下士官の真実の言葉であった。

映画がつまらないというのは自由だが、当時の軍人を知りもしない輩が、軍人らしくないと語る心境は私には理解できない。君たちは軍人を語る前に、「恥」の文化を学ぶべきだ。


なくなったとばかり思っていた仕事の話が来た。夜間N君と打ち合わせ。私の情熱はとっくに醒めちゃったので彼に任せることにした。現在、私の情熱はXHTMLにしかない(笑)。


とうに終わった仕事の見積書を作っていた(苦笑)。その後、朝までXHTMLの書籍を読む。


名駅前の某社からWebサイトのリニューアルコンペのお誘いがあったので。午前中にうち合わせに出かけてきた。数冊の書籍を読んで、できそうであることはわかったので、将来性のこと、更新性のことを考慮してXHTMLで提案させていただきますと提案した上、さらにW3Cのバナーつけましょうとまで大見得きって帰ってきた(汗)。

宣言した以上は、実現しなきゃいけない。会社に帰るとS君に「XHTMLでコンペに参加することにしたから、今日でHTML3.01は終わり、この本読んでおくように」とXHTMLの構造文の書籍を渡す。

 

悔いのない状態で、やるぞと張り切っている中、2件の新規案件の依頼がある。急ぎであることをのぞけば金額は悪くなく、コンペがなければ確実に受けた仕事なのだが、XHTMLで実績作ることは私にとって最優先事項なので、涙を飲んでお断りする。

今日のテーマは「XHTMLはじめました」ということ

深夜、HTML3.0HTML4.01よりも、XHTML1.0HTML4.01に似たものであるとわかったので、試しに、HTML 4.01 TransitionalのHTMLソ−スををDOCTYPE宣言のみXHTML1.0 StrictにしてAnother HTML-lintでチェックしたら、99点のソースが、-846点(汗)。

大幅減点の理由は、タグを大文字で書いていたことと、空要素タグの閉じ忘れと、XHTMLから変更された部分。その後いくつかのおおまかな修正を加えたら-47点になった。残りの減点の理由はHTMLの構造文が正しくないから…(汗)。HTMLからXHTMLの変更は、CSSはほぼ流用可能なので、正しい構造文でありさえすれば移行は簡単であることがわかる。私の場合はプレーンテキストからやりなおし(苦笑)。

 

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